病院経営者にとって、看護師の不足は常に大きな問題です。これまで、看護職員を確保するための対策は、主に看護職の養成と、再就業促進が中心でした。しかし、いくら看護職の要請数や再就業を増やしても、肝心の離職防止対策が不十分では、穴の開いたバケツに水を入れ続けているようなものです。95%が女性である看護師の、ライフイベントに応じた細やかな対策が必要とされています。

離職理由、本音と建て前についてのデータ

ここで、看護師の離職理由に関して、経営陣が把握しているものと、実際の本音について見てみましょう。

まず下記が、看護管理者(病院経営者など)が把握している離職理由です。1~3位が結婚出産関連で、これは体感値としても同意できるのではないでしょうか。

reason1

しかし一方で、潜在看護師の実際の離職理由については、下記のようになっています。

reason2

労働環境作りで看護師離職は防げる

この2つの表の違いは何を表しているのでしょうか?もちろん、建前と本音が異なるということでもありますが、それ以上に重要な示唆があります。

本音の離職理由を見てみると、「勤務時間が長い・超過勤務が多い(3位)」「夜勤の負担が大きい(5位)」そして「休暇が取れない(9位)」といった、いわゆるブラック企業的なテーマがランクインしていることがわかります。

こういった理由での離職は、現職への批判ともとられてしまい、上司や同僚には相談しにくいものです。そのため、建前として「結婚」や「子育て」を理由に離職していくケースが多いのでしょう。

今までは「結婚や子育てが原因での離職はどうしようもない」と考えていた管理者も多いことと思いますが、その本音を探ってみると、実は労働環境を改善することでかなりの離職を防げる可能性があることがわかります。

「結婚・妊娠出産・子育てで離職」の数値的な本音

たとえば、結婚を理由の離職は39%でしたが、実際は28%ほどだとされています。39%が28%になるということは、実に約3割も少なくなっている計算です。今まで「結婚が理由の退職」をした看護師の、3割が本音ではほかの理由で辞めている可能性があります。同じく、子育ても35%は本音ではほかの理由で辞めている可能性があるのです。

裏を返せば、結婚や子育てといったライフイベントが起きても、そのうち何割かは仕事を続けられたと考えられます。しかし、残業時間が多すぎたり、夜勤が多すぎたりといった理由によって、続けることができなくなった、というのが本音のようです。

夜勤が多いと本人の疲れだけでなく、社会的な生活が成り立ちにくいという側面も
夜勤が多いと本人の疲れだけでなく、社会的な生活が成り立ちにくいという側面も

労働時間管理の適正化と過重労働の改善

多くのマネージャーは、看護師の離職原因は結婚や妊娠に関するライフイベントだと考えていますが、実際は労働環境が原因であることが多いということがわかりました。その改善として、まず労働時間を適正化していく必要があります。

厚生労働省は、月45時間の時間外労働が続くと、脳や心臓疾患が発症する可能性が高くなると発表しています。夜勤・交代制勤務であり、精神的緊張が高い業務であることを考えると、月40時間以上の時間外勤務は避けるべきです。

ほかにも、院内研修は勤務時間内に行うこと、夜勤時間の休憩や仮眠の時間を必ず確保させること、こういった労働基準法や労働安全衛生法など、コンプライアンスを現場、経営陣の双方が徹底していくことが重要です。年次有給休暇についても取得が不十分な医療従事者が多く、それが退職の原因(9位)にもなっています。

日本看護協会の調査によると、前残業に対して時間外勤務手当を支給している職場は、全体の1割しか存在していないそうです。また、時間外に行う院内研修に対しても、一部の医療機関ではサービス残業にせず、残業代を支給していることがわかっています。こういった取り組みは明らかに現場看護師のストレス軽減、健康状態改善に繋がっており、結果として離職率が低下、質の高いサービス提供が実現されています。

疲労が溜まった状態ではサービス品質が低下します
疲労が溜まった状態ではサービス品質が低下します

夜勤をしなくちゃ看護師じゃない!

働く人間にとって、ワークライフバランスは非常に大切です。もちろん看護師をはじめとするコメディカルも例外ではありません。しかし、夜勤ができてフルタイムも残業も厭わず働いてこそ医療従事者である!という職場風土、業界全体の意識がまだ残っているところは少なくありません。また、その意識が離職率を高めてきたことは間違いないでしょう。

しかし、結婚や出産、育児といったライフイベントを通じても働き続けることができる職場にするには、夜勤免除制度や短時間正職員制度の導入の検討が必要になってきます。

現状、看護師の働き方は、一人一人のライフスタイルに合わせる余地は少なく、不規則な夜勤、交代制勤務、そして長時間勤務を一律に求めてきました。夜勤の対応は年齢や体力、健康状態に個人差があるにもかかわらず、看護師全員が同じ夜勤回数になることが「平等」であるとされ、勤務表が作られているところがほとんどではないでしょうか。

こういった勤務様式は、看護師の離職を進めるだけでなく、注意力や集中力が低下することによる医療レベルの低下、ひいては医療事故のリスクが高まることに繋がっていきます。この状況では、看護師は「不規則なシフトでの様々なリスクを負った働き方」をするか、「退職、もしくは低賃金で不安定な非正職員として働く」かの選択をしなければなりません。

夜勤ができなかったら看護師が務まらない。看護師は休憩や仮眠もとらずに働くべきだ。そういった考えは変えていく必要があるでしょう。

看護師自身の健康対策も職場でフォロー

医療、看護の現場は、患者さんの安全や健康を第一に考えるのは当然であるものの、そこで働く、医師、看護師、その他コメディカルたちの安全や健康についても十分に練られていなければなりません。たとえば針刺し事故の防止対策は医療現場ではかなり浸透しているものの、腰痛対策は十分であるとは言えません。介護従事者の7~8割には腰痛があるといわれていますが、おそらく看護師も5~7割ほどは腰痛を持っている可能性があると私は考えています。

そのほか、抗がん剤の取り扱い、安全キャビネットの取り扱いなどなど、現場によって、看護師やコメディカルの安全や健康を害する可能性があるものは多々存在しています。離職時に「自分の健康」は非常に重い(5~6位)と認識されていますので、単なる認識で終わらせず、対策にまで落とし込んでいきましょう。

患者さんだけでなく看護師本人の健康も保護されるべきです
患者さんだけでなく看護師本人の健康も保護されるべきです

健康問題、ストレス問題は離職問題に大きく影響している

2008年10月、東京と大阪でそれぞれ、看護師の過労死がそれぞれ労働災害、公務災害として認定されたということがニュースになりました。23人に1人が過労死ラインで業務をしており、全国ではおよそ2万人が過労死の危険を日常的に抱えているとも言われています。

本看護協会常任理事・小川忍氏の調査によれば、超過勤務時間は23.4時間。しかし、このうち病院に申告されている時間は8.3時間にとどまることがわかりました。なんと超過勤務時間のうち6割以上は病院に申告されていなかったのです。いわゆるサービス残業がはびこっている実態が明らかになりました。

「看護師が忙しいのは当たり前」「昔からそういった働き方の職業」と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、超過勤務時間が多いことは、看護師の離職率にとても大きく影響を与えています。調査によると、実に70%以上の人が強い不安やストレスを抱えており、30%以上の人が仕事を続けることが困難だと感じていることがわかったのです。

また、退職理由の第8位に「医療事故への不安」が挙がるなど、こういった過酷な労働環境であるがゆえにパフォーマンスが落ち、結果として医療事故に繋がるのではないかという不安が看護師を離職へと至らせてしまうのです。事実、看護師の約30%が「仕事を続けたいと思わない」もしくは「続けたいが続けられないと思う」と回答しているのです。

「続けたいが続けられない」と言われる職場にしないために
「続けたいが続けられない」と言われる職場にしないために

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この状況を抜本的に改善するには、人件費を含んだ経営を根本から見直し、時短勤務や夜勤なし勤務を認めるなど働き方の多様性を生み出していかなければならないでしょう。一筋縄ではいかない、非常に困難な課題ではありますが、だからと言って先延ばしにしていくと、ご自身の病院、クリニックの経営が成り立たないばかりか、看護師不足によって地域医療が崩壊する可能性すらあるのです。看護師の労働環境の改善こそ、病院経営の改善の重要なテーマであると捉えていただければ幸いです。

※表の出展:日本看護協会2007年3月

桑原 誠二
Author

コメディカル、介護職員に特化した人材エージェント勤務。元はケアマネージャーとして介護施設で6年の経験あり。医療、介護人材が、転職によってよい人生を歩めるようにするために日々奮闘中。