医院を開業する場合、当初は個人診療所として開業しても、後に医療法人化するケースがよくあります。また、当初から医療法人として設立することもあります。

個人診療所と医療法人の違いについては、「所得税などの税金が安くなる」「退職金に税金がかからない」などと言われることが多いですが、もっと根本的な違いがあります。

そこで、今回は、個人診療所と医療法人とでは、法律上どのような取り扱いの違いがあるのかを解説します。

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個人診療所と医療法人の根本的な違い

個人の診療所と医療法人の一番の違いは、法律上の人格が1人であるか2人であるかという点です。法律上では、個人も法人もそれぞれ独立した「人」であるとみなされます。

法人が「人」とみなされると言われてもピンと来ないかもしれません。たとえば株式会社や有限会社、財団法人や独立行政法人などがそれにあたります。こういった法人は人間とは異なるものの、法律上は1つの人格として取り扱われます。医療法人も同様です。

よって、医療法人を設立した場合、院長個人と医療法人の2名の「人」がかかわることになります。

個人の診療所の場合、もちろん院長個人しかいないので、院長のみの1名の「人」ですが、病院だと院長と医療法人の2名になる。ここが両者の根本的な違いであり、それによってさまざまな法律上の取り扱いの違いが発生してきます。

経営者・所有者の違い

個人診療所と医療法人とでは、「病院」の所有者・経営者が異なります。

個人診療所の場合には、院長個人しかいませんので、もちろん院長個人が病院の所有者です。これに対して医療法人の場合には、病院の所有者は医療法人になりますし、経営者も医療法人です。

個人の診療所を医療法人化する場合、もともと院長だった方は理事長などに就任することが多いですが、医療法人化したあとは、理事長=経営者・所有者ということにはならないので注意が必要です。

従業員との関係

病院では従業員を雇い入れます。事務員や看護師、勤務医などを雇用することもあるでしょう。

このような従業員との関係も、個人診療所と医療法人とでは異なります。

個人の診療所の場合には院長個人が従業員を雇い、院長個人が給料などを支払いますが、医療法人の場合には、医療法人が従業員を雇い入れて給料を支払います。

労働紛争が起こった場合の当事者も、個人診療所の場合には従業員と院長個人との間の問題になりますが、医療法人の場合には、従業員と医療法人との間の争いになります。

患者からの収入の帰属

個人診療所と医療法人とでは、患者から支払いを受けた診療報酬による収入の帰属も異なります。個人診療所の場合、もちろん院長個人の財産になるので、それを院長がどのように使っても自由です。これに対し、医療法人化した場合、患者からの支払金は、医療法人のものになります。理事長個人には権限がないので、たとえば院長が病院の金庫から勝手にお金を持って帰ったら、窃盗罪が成立する可能性もあります。

このように、収入の帰属が異なることは、大きな問題になります。

税金を納める人

個人診療所と医療法人とでは、税金を納める納税義務者も異なります。

個人診療所の場合には、当然院長個人のみが所得税、消費税などを支払います。

これに対して医療法人の場合、医療法人自身が法人税や消費税などを支払う必要があります。理事長は医療法人から給与を受け取ることになるので、個人として所得税を支払うことになります。このように税金を支払う人や税率などが異なるので、医療法人を設立すると節税できるなどと言われたりするのです。

相続・離婚の問題

相続や離婚問題が起こった場合の手続きにも違いがあります。

個人診療所の場合には、病院自身や病院にある財産はすべて院長個人のものです。そこで、これらがそのまま遺産になって相続人らに遺産相続されますし、離婚の際には財産分与の対象になる可能性があります。

たとえば、病院経営によってもうけたお金を預貯金にしておいていたら、それはそのまま相続されたり、財産分与で妻に渡したりしないといけないのです。

これに対し、医療法人の場合には、病院自身やその財産は、すべて医療法人のものです。よって、理事長個人が亡くなったからと言って、それが相続人らにそのまま相続されることはありませんし、妻と別れる場合にも財産分与の対象になることはありません。

このように、個人か医療法人かという違いによって、財産関係の取り扱いが大きく変わってくることにも注意が必要です。

理事長の権限は院長より小さい

個人診療所の場合には、院長の権限はかなり大きく、絶大と言っても良いでしょう。個人経営の診療所の場合には、ほとんどすべてのことを院長の独断で決められますし、院長が誰かによって辞めさせられるリスクなども考えにくいものです。

これに対し、医療法人の場合には理事長の権限はかなり小さいです。

理事長は、病院経営の方針などについて自由に決定することはできません。医療法人が何らかの決定をする場合には、基本的に理事会での承認が必要になるからです。

また、理事長の任期は2年なので、任期が切れたとき、必ず再任されるとは限りません。しかも、理事会には理事長の解任権限があるので、場合によっては理事長が解任されて、病院から追い出される可能性もあるのです。

このように、医療法人の理事長の権限は個人診療所の院長と比べてかなり小さくなってしまうことには注意が必要です。

まとめ

今回は、個人診療所と医療法人の法律的な違いについて解説しました。個人診療所では、病院にかかわるのは院長個人だけであり、病院のすべての財産は院長のものですが、義務も責任もすべて院長にかかってきます。これに対して医療法人の場合、財産も義務も責任も医療法人に帰属します。理事長の立場は楽になりますが、その分個人診療所の院長とは異なり、病院における権限がかなり小さくなるので、注意が必要です。

個人診療所から医療法人化する場合、これらの個人診療所と医療法人の違いをきちんと理解した上で手続きするようにしましょう。

福谷陽子
Author

京都大学法学部卒。在学中(2001年)に司法試験に合格し、2002年に京都大学法学部を卒業、2004年に弁護士登録。 その後、弁護士として勤務し、2007年、陽花法律事務所を設立。 離婚トラブルや債務整理、交通事故や遺産相続など様々な案件を経験して解決する。 2013年、体調の関係で事務所を一旦閉鎖し、現在は10年間の弁護士の経験を活かしライターとして活動している。